韓国の中学生の英語スピーチを聞いて、格差を感じた思い出

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中学校に、韓国から学生交流が来た

私が中学生の頃の思い出ですが、中学校に韓国から学生交流の団体が来ました。今から10年ほど前の話ですね。生徒の数は30人ほどで、先生も何人かいたと思います。

私の中学校に交流に来たというよりも、いくつかの場所を回っていく中で立ち寄っただけという感じでしたが。交流したのも2時間ぐらいの短い間でした。

私たち日本の中学生は数日前から韓国語のあいさつを勉強したり、日本の文化を紹介するために折り紙の練習をしたりしました。

相手の英語のスピーチが、分からない!

さて、ぶっちゃけ交流の中身自体は覚えていません。まぁ、こういうイベントって先生同士で決めるだけで生徒としては強制的に参加させられるだけのイベントだったりしますし(笑)

でも、はっきりと覚えていることが1つあります。それは「韓国側の代表学生のスピーチが英語であり、その内容が少しも理解できなかったこと」。

韓国の学生のスピーチ、英語だったんですよね。私の推測だけど「韓国語より英語の方が日本の学生にも伝わるよね。ハングルの教育は無いけど英語教育はあるはずだし」ってっ感じの親切心だったんでしょう。

たぶん、その親切心は正しい。でもねー、さっぱり分からなかったんですよ。中学生になった後の話ですから私も英語教育を受けてましたけど、それでもさっぱり理解できなかった。私だけじゃなくてほとんどの生徒は分かってなかったはず。

相手の方がけっこう長い間すらすらと上手いスピーチをし、こっちは喋れないどころか話の内容すら理解できない。この状況は能力の差を感じますよ。

「あー、自分って目の前の相手よりバカだなぁ。同い年のハズなのに……」って。劣等感というわけじゃないですが、恥ずかしいというか悲しいというか。

まぁ、今でも言われてますが韓国は日本よりも英語教育に力を入れている国ですし、日本という外国に交流団として来てるってことはけっこうなエリートだったのでしょう。一般的な日本の中学生より英語が得意なのは当たり前なのかもしれません。

それでも、同じ年の相手が自分より圧倒的に能力が高いと、「負けてるな」って思いますよね~。

分からないことは悲しい

あの時、私がもっと英語を身に着けていれば相手のスピーチの内容を理解することができたでしょう。相手の言っていることが分からない、悲しいことですよ。

相手が自分に伝えようとしていることが理解できない、これは悲しい。まぁ、内容としては中学生のスピーチなんで大したことは言ってなかっただろうと思いますが(笑)

現在のグーローバル社会で英語を読めなくて聞けもしないということは、外国の人の言ってることがほとんど分からないということ。日本語しか使えないと日本人の言っていることしか分かりません。

英語さえ使いこなせれば、もっともっと多くの人の言っていることが分かる。色んな人の話しを聞き、色んな人の意見を読むことができる。素晴らしいですよね。

まとめ

・中学生の時、韓国学生のスピーチが英語で内容が少しも理解できなかった。

・こっちは喋れないどころか話の内容すら理解できない。この状況は能力の差を感じる。

・相手が自分に伝えようとしていることが分からない、これは悲しい。

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